ゆるふわクオンツの日常

ボラよりも分布の歪みが大切になる場面~positive skew, St. Petersburg paradox~

dw-dw-dt.hatenablog.com

以前こちらの記事で、何回も繰り返されるゲームでは

一回当たりの期待値だけじゃなくって、分散も考えて

投資をすることで、実現するリターン面で良いですよね、

って記事を書いたのですが、その続きになります。

コイントスの具体例

早速ですが、以下のシチュエーションではどうなるでしょうか?

ゲームA : 99%の確率で保有資産の1%を失うが、1%の確率で保有資産が3倍になるゲームを100回行う

ゲームB : 99%の確率で保有資産が1%増加するが、1%の確率で保有資産が70%減少してしまうゲームを100回行う

前回の考え方を活かして、一回あたりの期待値と分散を考えてみましょう!

一回あたりの期待値は、

ゲームAが1.01%で、ゲームBが0.29%となり、ゲームAの方が高いです。

続いて分散ですが、

ゲームAが大体4%で、ゲームBが大体0.4%くらいで、これまたゲームAの方が高いです。

そこで、前回の近似式(通期での幾何平均リターン=1回あたりの期待リターンー0.5 * 通期での分散)から計算すると

ゲームBの方が通期でのリターンが高くなりそうです!

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が、残念ながら実はそうはならないんです。

そこで例によって、大数の法則で99回1%イベントが発生して、1回テールイベントが発生したシナリオを考えて見ましょう。

ゲームAでは  0.99^{99}*3 = 1.11 となるのに対し、

ゲームBでは  1.01^{99}*0.3=0.80となってゲームBの方がリターンが低くなりました。

これは前回の近似式が、リターンが0近傍という近似のもとに成立している式なので、今回のように歪んだ分布だとその仮定が崩れて使えなくなっていたということです。

どう考えるか

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近似が使えないということなので、以下のように考えてみます。

 r_{i} i回目のコイントスにおけるリターンだとすると、

 \prod_{1}^{n}(1+r_{i})によって最終的な資産が求まります。

幾何平均リターンを \mu_{g}とすることで

 (1+\mu_{g})^{n} = \prod_{1}^{n}(1+r_{i})

ここで、両辺の対数を取ることで

 ln(1+\mu_{g}) =\frac{1}{n} \sum ln(1+r_{i})

右辺の対数について、 r_{i}の期待値 \mu_{a}のまわりでテイラー展開

 ln(1+r)=ln(1+\mu_{a}) +\frac{1}{1+\mu_{a}}(r-\mu_{a})-\frac{1}{2(1+\mu_{a})^{2}}(r-\mu_{a})^{2} +\frac{1}{3(1+\mu_{a})^{3}}(r-\mu_{a})^3

と近似して代入することで

 ln(1+\mu_{g}) =ln(1+\mu_{a}) - \frac{1}{2(1+\mu_{a})^{2}} V + aS

(Vは r_{i}の分散、Sは r_{i}の歪度、 aは正の定数)

となることがわかります。

つまり、

幾何平均リターン \mu_{g}

いわゆる歪んだ分布などで (r-\mu_{a})が大きな値を取りうる場合、

2次までの近似だと精度が悪くなっちゃうので

3次以降の例えば 歪度なんかも考慮した方が良さそうだということですかね。

ここで注意点は、 外れ値みたいなものが発生するとしても、それの冪乗が0に急速に近づくのであれば分布が歪んでいても特に問題ない 、ということですかね。

スキューの影響

分散は正の値であることから、

 - \frac{1}{2(1+\mu_{a})^{2}} Vは確実にマイナスになる一方で、

歪度が正か負かは分布に依存するので

 aSの項が正の値となった場合(ポジティブスキュー)は、

分散のマイナス効果をキャンセルしうる ということです。

この事例が先のコイントスの例となっていたわけです。

ただし、スキュー的なイベントは大体発生確率がかなり低いので、

ポジティブスキューを狙う場合は、十分な試行回数を稼げることが前提となります。

つまり、スキューがポジティブだラッキー!と言って大金を一回で掛けてはなりません。

ポジティブスキューを回収できるだけの試行回数を重ねられるようにちびちびとbetしていくのがベストです。

その試行回数、実現可能ですか?

サントペテルブルグのパラドックス
偏りのないコインを表が出るまで投げ続け、表が出たときに、賞金をもらえるゲームがあるとする。
もらえる賞金は、1回目に表が出たら1円、1回目は裏が出て2回目に表が出たら倍の2円、というふうに倍々で増える賞金がもらえるというゲームである。

サンクトペテルブルクのパラドックス - Wikipedia

この場合、wikipediaをみていただいたらわかるように

報酬が上のコイントスの時と同様、

発生確率が低いけれど報酬が超高額になるイベントがあり、

このゲームの報酬の期待値はなんと無限になります!

これも、発生確率が超低いイベントを回収できるかがポイントになりそうです。

(ちなみに表が出るまでの回数の分布は幾何分布なので期待値で2回)

これにまつわる話だと、任意抽出定理なんかもわかりやすいかもしれません !

任意抽出定理(optimal stopping theorem)
 X_tマルチンゲール\tau有界なstopping timeとすると  E[X_0]=E[X_{\tau}]=E[X_T]

ここにおける\tau有界性が、今回の話と類似の要件であります。

まとめ

スキューイベントがある場合は、前回の関係式 \mu_{g} \simeq \mu_{a} - \frac{1}{2}Vは使えない.
この場合は、ちゃんと試行回数が大数の法則的に収束することを用いて幾何平均を算出しないといけない.
ただし、スキューイベントは発生確率が低いので、十分な試行回数が保証できることが前提となる.